プロフィール

2020年11月1日更新

#ジェリーのライティングマラソンを始めて、ノルマを決めて毎日ライティングしているジェリーわたなべです。

…と言ったところで

「ジェリーわたなべって、何者?」
「ジェリーわたなべは、何をしている人なの?」
「ジェリーわたなべって、信用できるの?」

と疑問に思ったのではないでしょうか。

そこで、このページではみなさんの疑問を払拭するために
私ジェリーわたなべがどんな人物かを、自己紹介します!

具体的には

  1. 忙しい人向けまとめ
  2. ジェリーわたなべ基礎情報
  3. 小学生の頃の夢は「自分の本屋を持つ」
  4. ロフトプラスワンとサブカル三昧の大学生活
  5. 離婚・離職の20代
  6. 夢は「海外生活と、ライティングによる社会貢献」
  7. 次に読んでほしい記事

みたいな感じで、基礎情報の次は時系列順で半生を振り返ります!

お急ぎの方は、「忙しい人向けまとめ」「ジェリーわたなべ基礎情報」だけでも読んでもらえれば、すごく嬉しいです!!

忙しい人向けまとめ

<ジェリーわたなべが、今までやってきたこと>
読書・映画鑑賞にハマる。ロフトプラスワンにハマり、サブカルにハマる。
離婚・離職

<これからやりたいこと>
場所に縛られない働き方、言葉を使った仕事をする(語学教師、ライターや翻訳家

<次に1番読んで欲しい記事>
ジェリーわたなべが英語を好きな理由【1995年のアメリカ旅行】
こちらも自己紹介記事。「なぜジェリーわたなべが英語学習に惹かれ続けているのか」を、幼少時の体験から説明しています。

ジェリーわたなべ基礎情報

絵師の後輩に描いてもらったイラスト
名前ジェリーわたなべ(Jerry Watanabe)
属性英日翻訳ライター、(書評・映画評)ブロガー、大学院生(日本語教育専攻)
趣味ブログを書くこと、散歩しながら面白い看板の写真撮影、サイレント映画鑑賞
年齢30代前半
性別男性
居住地千葉県松戸市(出生地は東京都北区)
家族両親と実家暮らし(兄が1人いる)
部活動中学:野球、高校:合唱、大学:謡曲
SNStwitternotegoo blog(謎フード公安委員会)instagram、stand.fm(『ジェリーわたなべのお話玉手箱』で検索してくださいm(_ _)m)

Twitter上での取り組み「#ジェリーのライティングマラソン」


概要:毎日ノルマ分の文章を書き、Twitter上で書いた文字数を毎日報告する。
目的:ライティング習慣を定着させる。
ゴール:特に無し。当面は”6ヶ月間継続”が目標。
ルール:「ブログ」「ライティングのお仕事」「大学院関係」の文字数のみカウントする
開始日:2020/10/08

よかったら、応援よろしくお願いします!

小学生の頃の夢は「自分の本屋を持つ」

ここではジェリーわたなべが、小学生から高校生の時に好きだったものを紹介します。

この時期に好きだったものは①映画②音楽③ゲーム④読書の4つでした。

順番に紹介してきますね。

①映画。両親に映画館に連れて行って貰ったことをよく覚えています。上野の映画館や、柏のステーションシアター等。

ジムキャリーの『マスク』はテレビ放映時に何度も観ました。アニメ版の『アラジン』を観に行った時は、まだ小学生だったので字幕の漢字がまったく読めずに難儀したのを覚えています。また、松戸にあった松戸輝竜会館という劇場で、当時は都内で行列ができていた『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を、がらがらの座席で兄狸と一緒に観に行きました。この松戸輝竜会館。チケット売り場の前に小さなゲームセンターがあったりして、実に良かったのですが、2000年で閉館してしまいました。

また、『バトルロワイヤル』や『サウスパーク』を家の近くのレンタルビデオ屋で借りて、大人の世界を垣間見たりしたました。特に『バトルロワイヤル』の残酷描写は、『プライベートライアン』とともに、残酷描写の新天地を開いた映画だと記憶しています。これらの映画の前後で、人体破壊表現が大きく変わり、それとともに日本でも15歳未満鑑賞禁止のようなレーティングシステムが本格的に運用された始めたのもこのころだと記憶しています。

②音楽。兄狸の影響で、小学生の頃から洋楽をよく聴いていました。ボン・ジョヴィ、ヴァン・ヘイレン、キッス、エアロ・スミス等々。

高校に入り合唱部に入ると、合唱曲や宗教曲にも興味が広がります。木下牧子の『ティオの夜の旅』やモーツァルトの『レクイエム』。

また、この頃になると思春期の精神的な不安定さからか、より速く、より重低音の音楽を聴くようになりました。セックスマシンガンズ、ガンズアンドローゼス、ミスタービック、カテドラル、スリップノット等々。津田沼や柏のディスクユニオンにたびたび足を運んだのをよく覚えています。なんでデスメタルやヘビーメタルのコーナーって、黒くて紫色で、独特なにおいが充満していたのでしょうか。さて、このときに速い音楽をおなかいっぱいに聴いたために、大学に入ってからは能楽にはまったのではないかと自分では思っています。

③ゲーム。小学校入学前からスーパーファミコンが大好きでした。『スーパーマリオカート』とか『ファイナルファイト』とか。1995年に発売されたセガサターンの廉価版が発売されてからは、セガサターンにはまりました。テックサターンというゲーム雑誌を購読し、体験版のゲームでさえ飽きるほど遊んでいました。1990年代はゲームやさんには「ただゲー」という文化があり、無料で体験版やゲーム本作をプレイできたのが懐かしいです。家の近くのダイエーのただゲーで「バーチャルボーイ」を遊べたのも貴重な経験でした。

④読書。小学生の頃は兄の影響で『スレイヤーズ』等のライトノベルを読み漁る毎日。『にゃんたんのゲームブック』シリーズも何度も何度も繰り返し読みました。最近ネットで調べてみて、今でも続刊していてすごく嬉しかったです!中学生の時は近くの古本屋さんを自転車で何件も巡って『ドカベン』や『るろうに剣心』、『魁!男塾』とかを買って読んでいました。高校生になってからは、図解雑学シリーズや背伸びして『罪と罰』を読んだり。

本屋さんも大好きでした。本屋さんってどんなに小さくても、まるでショッピングモールのようにいろんなジャンルの本があるからです。料理、ゲーム、ファッション、学習参考書、小説等々…。白状するとディズニーランドに連れて行ってもらうよりも、本屋さんに行ったときの方がテンションが上るくらいでした。

そんなわけで、小学生のときの夢は「出版社に就職して、自分の本屋を持つ」でした。

ロフトプラスワンとサブカル三昧の大学生活

大学3年生頃(2010年頃)から、新宿のロフトプラスワンや系列店に毎月のように通っていました。杉作J太郎氏や町山智浩氏のように、社会の枠に収まらない破天荒な大人の話を聴くのがとにかく面白かったからです。

就活はというと、就職浪人させてもらっていながら内定0。

折しもちょうどリーマンショックの頃でしたが、僕が内定をもらえなかった原因はそれではありません。面接に行かなかったからです。「自分には語ることがない」、「自分のことは受け入れてもらえない」等と、挑戦する前から諦めていました。面接試験までコマを進めても、面接当日に家から出られない。そんなことばかり繰り返す毎日。

いまから考えると、そんなに真面目に考えなくても良かったのかも。面接官が喜びそうなことをリサーチして、応えておけば良かったかもですね。しかし当時の自分は、実態からかけ離れた「ちゃんとした自分」を演じようとして、苦しくなっていたのかもしれません。

理由はともあれ、「就活して内定をもらう」ことさえできない。「他の人が当たり前にできていることができない。他の人よりも明らかに劣っている」。自分への深い絶望は、その後10年以上経つ現在でも、僕に漆黒の影を落としています。

離婚・離職の20代

自発的に内定を取れなかったジェリーわたなべは、どうしたか。当時付き合っていた人と結婚。彼女の実家の会社に、勤務することになりました。その会社は食品卸業を営む、小規模ながら地域に愛される会社でした。

しかし自分に絶望し、受け身で決まった結婚&会社員生活が長く続くはずなどありません。当時営業をしていた僕は、取引先から徹底的に罵倒されて心をバキバキに折られる経験をしました。奥さんを含め、人に相談できず「ちゃんとしなければならない。でもちゃんとできない」と自縄自縛になった僕に、早々と奥さんが愛想をつかしたのも当然。

「あなたとこれ以上夫婦と思われたくない」という言葉を最後に、結婚生活は1年余りで離婚という結末を迎えました。

「結婚して就職すれば、新しい自分になれる・すべてが良くなる」という幻想が打ち砕かれた瞬間でもあります。

実家に戻った後、得意だった英語力を活かすために近所の大学に通いながら教員免許を取得。公立高校に非常勤講師として就職しました。(これから先に起きることを考えると、この時に早まった決断をすべきではなかったです。半年以上はゆっくり休めばよかった、と思います。心が弱っている時に重大な決断をするな。自分。)

教師生活においても、精神的に苦しいことが多かったです。教育実習では研究授業(実習の総まとめとして、校内のいろんな先生に見ていただく授業)の前日に、指導教員に職員室で「こんな授業案しか書けないのか」と怒鳴られたり、教員になってからも同僚の教師に毎週のようにどなられたり。

結局心療内科に通ったりしながらギリギリの状態でも職務は全うしたのですが、教師生活も1年で幕を閉じました。

どうして僕はこうも怒鳴られてしまうのだろうか。もちろんそもそも相手が理不尽な性格をしていたということもあるでしょうけど、自分にも要因があるはず。できもしないのに「ちゃんとしよう」として、かえっておどおどしてしまったところを相手につけこまれたのかなぁ。

「ちゃんとできない」自分を受け入れつつ、本音を探り本音で生きる方法ってないものかと、自問するきっかけとなりました。この自問は今でも続いています。

20代における2つの就業経験から、毎日のように出社して働くという「当たり前の働き方」ができるほど僕は「ちゃんとしていない」し、精神的に弱いのだと思い知らされました。

「甘えている」「やろうと思えばできる」「退路を絶てばできる」というご意見もごもっとも。でも、最終的に働くのは僕です。

夢は「海外生活と、ライティングによる社会貢献」

2020年現在、修士号を取るために大学院に通っています。研究の場では他者を説得する必要はありますが、自由な発想が許されるし、自分の教育観を磨いたり、質問の引き出しを増やして考える力を底上げできるからです。

そして修士号取得後は、海外生活に挑戦してみたいと思っています。幼い頃に両親がよく海外旅行に連れて行ってくれたおかげで、海外生活に常に興味をもっていました。それに「ちゃんとする」って、日本と海外だと違うと思います。もしかしたら海外の方が働きやすいかも…実験的にのぞいてみたいと思います。台湾とかマレーシアといった、暖かい地域に住んでみたいですね。暖かいと心も優しくなれそう。

とはいえ、修士号取得までひきこもるつもりはありません。webライターやアカデミック・ライティングの執筆指導をしたりしています。

超長期的には翻訳を通して、得意な英語力及び日本語力を徹底的にブラッシュアップしたいとも思っています。

でも結局、僕が一番したいことは「人の話を聴く」ことなんです。失敗談とか子供のころの思い出とか、マイブームとか。十人十色で同じものがない。ミニシアター系映画を観ている感じで愉しい。

場所と働き方は現時点では不明でも「ちゃんとしていない自分でも、どっこい生きていける」ことを証明しつつ、色んな人の話を聞かせてもらい多種多様なパターンの生き方を教えてもらう。

それらの経験から学んだことをブログを通して発信することで、「ちゃんとしていない」「ちゃんとできない」自身や他者を受け入れられる寛容な社会をつくる一助になりたい。と思っています。

次に読んでほしい記事

本ブログ記事

ジェリーわたなべが英語を好きな理由【1995年のアメリカ旅行】
こちらも自己紹介記事。「なぜジェリーわたなべが英語学習に惹かれ続けているのか」を、幼少時の体験から説明しています。

・『【初コラボ記事】屋上ファンの369daysさんと、サイレント映画『キートン将軍』を観た!!【90年代話も】』
屋上ファンのデュオ、369days(ミルクデイズ)さんとのコラボ記事。サイレント映画や1990年代が好きな人に特に読んでいただきたい。会話調なので読みやすいですよ!

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有料note記事(500円)。クラウドソーシング以外で、初めて収益化を実現した思い出の力作です。


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