プロフィール

2020年2月から本格的に始めたブログ運営。気づいたら、もう3ヶ月経つんですね。

ブログを始めて結構経つのに、未だにプロフィール欄を作っていないことに気づきました。そこで今回はジェリーわたなべの過去と現在、未来を紹介します。

動物園の動物を鑑賞する感じで読んでいただけたら幸いです。「現代日本には、こんな人間もいるんだ」。

名前 ジェリーわたなべ(名前の由来は、アメリカの過激な番組「Jerry Springer Show」の名物司会者の名前)
属性 英語学習ライター、翻訳家、大学院生(日本語教育専攻)
趣味 ブログを書くこと、都市建設ゲームをプレイすること、サイレント映画鑑賞
年齢 30代前半
性別 男性
居住地 千葉県松戸市(出生地は東京都北区)
家族 両親と実家暮らし(兄が1人いる)
部活動 中学:野球、高校:合唱、大学:謡曲

幼い頃から、読書や文章を書くことに興味がありました。

紙のノートと違って、ブログの不特定多数の人に読んでもらえる点が嬉しいです。なにより、締切が無いので気持ちが凄く楽。

僕はブログを通して、自分のような「ちゃんとしていない人間でも、どっこい生きていける」ことを証明したいと思っています。

時系列に沿って詳しく説明しますね。

忙しい人向けまとめ

・ジェリーわたなべが、今までやってきたこと

就活からの逃走、離婚、職を転々とする

・これからやりたいこと

場所に縛られない働き方、言葉を使った仕事をする(ライターや翻訳家)
⇨「ちゃんとしていない人間でも、どっこい生きていける」を人生で証明する

大学生以前のジェリーわたなべ

もともと読書が好きでした。小学生の頃は兄の影響で『スレイヤーズ』等のライトノベルを読み漁る毎日。高校生になってからは、図解雑学シリーズや背伸びして『罪と罰』を読んだり。

本屋さんも大好きでした。本屋さんってどんなに小さくても、まるでショッピングモールのようにいろんなジャンルの本があるからです。料理、ゲーム、ファッション、学習参考書、小説等々…。白状するとディズニーランドに連れて行ってもらうよりも、本屋さんに行ったときの方がテンションが上りました。

そんなわけで、小学生のときの夢は「出版社に就職して、自分の本屋を持つ」でした。

一方で両親が共働きで家にいないことが多い上に、恥ずかしがり屋で友達ができにくい性格でもありました。ちょっとした身の上相談をする話し相手もできません。「恥ずかしがり屋で相談するのが下手っぴ」。この性格は今でも引き継いでいます。

さらに兄やクラスメイトと自分を比べて、落ち込んでばかりいました。勉強にしろ、部活にしろ、気になるのは常に自分に足りない点ばかり。自分という存在を今以上に客観視する余裕などありません。思春期を迎えてからも、自分の将来を真剣に考えませんでした。フラストレーションのはけ口として、ひたすらゲームや受験勉強に逃避する毎日。

結局1浪させてもらった上で、なんとなく「金持ちになりたい」という理由で大学は商学部に進学しました。

ジェリーわたなべの大学生活と就活

大学3年生頃(2010年頃)から、新宿のロフトプラスワンや系列店に毎月のように通っていました。杉作J太郎氏や町山智浩氏のように、社会の枠に収まらない破天荒な大人の話を聴くのがとにかく面白かったからです。

就活はというと、就職浪人させてもらっていながら内定0。

折しもちょうどリーマンショックの頃でしたが、僕が内定をもらえなかった原因はそれではありません。面接に行かなかったからです。「自分には語ることがない」、「自分のことは受け入れてもらえない」等と、挑戦する前から諦めていました。面接試験までコマを進めても、面接当日に家から出られない。そんなことばかり繰り返す毎日。

いまから考えると、そんなに真面目に考えなくても良かったのかも。面接官が喜びそうなことをリサーチして、応えておけば良かったかもですね。しかし当時の自分は、実態からかけ離れた「ちゃんとした自分」を演じようとして、苦しくなっていたのかもしれません。

理由はともあれ、「就活して内定をもらう」ことさえできない。「他の人が当たり前にできていることができない。他の人よりも明らかに劣っている」。自分への深い絶望は、その後10年以上経つ現在でも、僕に漆黒の影を落としています。

20代のジェリーわたなべ

自発的に内定を取れなかったジェリーわたなべは、どうしたか。当時付き合っていた人と結婚。彼女の実家の会社に、勤務することになりました。その会社は食品卸業を営む、小規模ながら地域に愛される会社でした。

しかし自分に絶望し、受け身で決まった結婚&会社員生活が長く続くはずなどありません。当時営業をしていた僕は、取引先から徹底的に罵倒されて心をバキバキに折られる経験をしました。奥さんを含め、人に相談できず「ちゃんとしなければならない。でもちゃんとできない」と自縄自縛になった僕に、早々と奥さんが愛想をつかしたのも当然。

「あなたとこれ以上夫婦と思われたくない」という言葉を最後に、結婚生活は1年余りで離婚という結末を迎えました。

「結婚して就職すれば、新しい自分になれる・すべてが良くなる」という幻想が打ち砕かれた瞬間でもあります。

実家に戻った後、得意だった英語力を活かすために近所の大学に通いながら教員免許を取得。公立高校に非常勤講師として就職しました。(これから先に起きることを考えると、この時に早まった決断をすべきではなかったです。半年以上はゆっくり休めばよかった、と思います。心が弱っている時に重大な決断をするな。自分。)

教師生活においても、精神的に苦しいことが多かったです。教育実習では研究授業(実習の総まとめとして、校内のいろんな先生に見ていただく授業)の前日に、指導教員に職員室で「こんな授業案しか書けないのか」と怒鳴られたり、教員になってからも同僚の教師に毎週のようにどなられたり。

結局心療内科に通ったりしながらギリギリの状態でも職務は全うしたのですが、教師生活も1年で幕を閉じました。

どうして僕はこうも怒鳴られてしまうのだろうか。もちろんそもそも相手が理不尽な性格をしていたということもあるでしょうけど、自分にも要因があるはず。できもしないのに「ちゃんとしよう」として、かえっておどおどしてしまったところを相手につけこまれたのかなぁ。

「ちゃんとできない」自分を受け入れつつ、本音を探り本音で生きる方法ってないものかと、自問するきっかけとなりました。この自問は今でも続いています。

20代における2つの就業経験から、毎日のように出社して働くという「当たり前の働き方」ができるほど僕は「ちゃんとしていない」し、丈夫ではないと思い知らされました。

「甘えている」「やろうと思えばできる」「退路を絶てばできる」というご意見もごもっとも。でも、最終的に働くのは僕です。

ジェリーわたなべの30代と、これから

2020年現在、修士号を取るために大学院に通っています。研究の場では他者を説得する必要はありますが、自由な発想が許されるし、自分の教育観を磨いたり、質問の引き出しを増やして考える力を底上げできるからです。

そして修士号取得後は、海外生活に挑戦してみたいと思っています。幼い頃に両親がよく海外旅行に連れて行ってくれたおかげで、海外生活に常に興味をもっていました。それに「ちゃんとする」って、日本と海外だと違うと思います。もしかしたら海外の方が働きやすいかも…実験的にのぞいてみたいと思います。台湾とかマレーシアといった、暖かい地域に住んでみたいですね。暖かいと心も優しくなれそう。

とはいえ、修士号取得までひきこもるつもりはありません。webライターやアカデミック・ライティングの執筆指導をしたりしています。

超長期的には翻訳を通して、得意な英語力及び日本語力を徹底的にブラッシュアップしたいとも思っています。

でも結局、僕が一番したいことは「人の話を聴く」ことなんです。失敗談とか子供のころの思い出とか、マイブームとか。十人十色で同じものがない。ミニシアター系映画を観ている感じで愉しい。

場所と働き方は現時点では不明でも「ちゃんとしていない自分でも、どっこい生きていける」ことを証明しつつ、色んな人の話を聞かせてもらい多種多様なパターンの生き方を教えてもらう。

それらの経験から学んだことをブログを通して発信することで、「ちゃんとしていない」「ちゃんとできない」自身や他者を受け入れられる寛容な社会をつくる一助になりたい。と思っています。

次に読んでほしい記事

・『【忙しい社会人向け】英文法勉強法・インプット編』
『ジェリーにきけ!』の一番最初の記事。英文法の勉強方法について、独自の見解を述べました。

・『【初コラボ記事】屋上ファンの369daysさんと、サイレント映画『キートン将軍』を観た!!【90年代話も】』
屋上ファンのデュオ、369daysさんとのコラボ記事。サイレント映画や1990年代が好きな人に特に読んでいただきたい。会話調なので読みやすいですよ!

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